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現代語版謡曲集 能 役の行者(えんのぎょうじゃ) 

やみ
役の行者(えんのぎょうじゃ)     ―超人―  


(私はこれまで、全てを捧げて御仏の教えを行じてきた。それでも全ての人を救えた訳ではない。)

 苔むしたボロ小屋で瞑目しながら、長いゴマ塩の顎鬚を伸ばしたがっしりした長身の偉丈夫は考えた。遠くで潮騒の音が響いている。こんな伊豆の流刑地でも政府は警戒し、彼は今なお厳重な監視下に置かれていた。初老ながらなお彼の眼光は鋭く、一見厳めしそうな外見でありながら、その整った容貌と眼差しには、限りなく深い慈愛が溢れていた。

(覚者は説かれた。

「正しく生きる者は真実を求める者には敬愛されるが、邪悪なる者には疎(うと)まれ憎まれる」――真実を貫く者は必ず反対者に迫害される。それは昔も今も、これから先の未来においても変わらぬ真理である。

 私が冤罪でこの流刑地に居るのも、私自身が忍耐力を培うための修行である。誰を恨む必要があるだろう。

 人間は全て皆、自己完成の修行のためにこの世に生まれてくる。人としての完成に至った者は神々の世界に至り、もはや衆生済度の目的以外では生まれ変わらない。無限にも等しい無数の輪廻転生を経て智慧を獲得し、終に輪廻転生を脱するまでは、人は皆、未完の神であり完成にはおよそ程遠い。私もまた一人の人間に過ぎない。

 人間は、どんな場所、どんな時代に生まれても人としての修行をすることが出来る。いかなる境遇にあろうとも、それはその者に必須であり、その者に必要な経験であり、試練であり、智慧ある者はその人生の苦悩と悲哀、絶望と失意から多くを学ぶだろう。
 賢明なる者は速やかに覚りの道を歩むが、愚かなる者はあらゆる罪と過ちの報いの果てに、ようやく自らの間違いに気付くことになる。)

 この方こそは役の行者として有名な、役の小角(おづぬ)その人である。彼はこれまで、その秀でた知性と学識、深淵な仏教や薬学の知識を持って、数え切れないほどの人々の病を治し、不幸な人々の運命を好転させ、苦しむ人々の力になってきた。
 彼は生きながら神仏と語らい、死者の姿をその心眼で目の当たりにし、数え切れないほどの悪霊を封じ込めた。どんな悪魔も悪霊も、この慈悲深く気高い神の聖者に抗う事はできなかった。

 ところが、仏教を流布する役の行者を支持し保護していた天武天皇が崩御されて以来、彼はその人望を妬む人々の讒言(ざんげん)を受け、全くの無実の罪でここ伊豆に流刑に処せられたのだった。

 その時、遠くから悲痛な声がした。
「行者様! お願いでございます! どうか家(うち)の親父を見てやって下され!」
 憐れみ深い修行者は目を見開いた。見れば中年の男が青ざめた顔で彼を訪れたのだった。
「どうした? またお父様が発作を起こされたのか?」
「ええ、今朝また胸を押さえて苦しがり、倒れたままで意識がありません。」
 ふと見ると、男の傍には白髪の老人が佇(たたず)んでいた。修行者は憐れみながら口を開いた。
「気の毒だがお父様はもうお亡くなりになった。あなたの傍らに来ておられる。
 だが安心しなさい。この方は人として親としてずっとまともに生きてこられた。すぐ成仏されるから心配は要らない。」
 男は涙を流した。
「...それならもう駄目でしょうか?」
 その時、白髪の老人が語りかけた。
「お情け深い役の行者様、どうか息子に教えてやって下さい。わしはもう痛くも苦しくもございません。ただ一つ心配なのは、息子の腰でございます。昔、漁に出た時に、船から落ちてしたたかに打ってから、冬になる度に痛みます。腰を冷やさんように言ってやってくだされ。」
 神の聖者はうなずいた。
「あなたの右側に立ってお父さんがおっしゃっておられる。お父さんはもう全く何の痛みも苦しみもない。ただ、あなたは以前漁で腰を痛めたろう。それが冬になると痛むから冷やさんようにせよと言っておられる。」
 男は驚愕した。
「何故そんなことがおわかりになるのですか? 確かに私は腰が悪くて寒い時節には痛みます。そんなことを親父が言っておりますか?」
「その通り。だからもう悲しまれるな。お父さんはこれが天寿だ。誰も皆、いつかは死なねばならぬ。けれども、悪いことをせず人としてまっとうに生きたなら、貧しかろうが病気で死のうが恐れることはない。肉体を去ってしまえば、いかなる病の苦しみも痛みももはや存在しない。」
「わかりました。それならすぐ帰って親父の葬式の準備をしてやります。」
 男は涙を流しながらも、それでも父親の死後の解放を知らされ幾ばくかの慰めを得て帰って行った。

 白髪の老人は慈悲深い修行者に手を合わせて一礼すると、そのままその姿は消えてしまった。

(人間は一人ではない。たとえ孤独に死を遂げようとも、それぞれの守護霊、縁ある人々、また尊い守護神がその死の時に迎えに来て下さる。

 地上の生に執着しなければ死を恐れる必要はない。また、人は死後、自らそれぞれのあるべき場所に至る。誰も墓になど居ない。墓は、本当は生き残った者の拠り所であるに過ぎない。死者は死者が葬り導いてくれる。本当は、死者には葬儀も宗教も墓も不要だ。死者に伝わるのは生き残った者達の真心のみであって、経文でも葬儀でもない。いかなる隠し事もきれい事も死者には筒抜けで通用しない。)

 事の成り行きを見守っていた政府の役人も、何度も同様な事を目撃し、自分自身も長年の持病を役の行者に治してもらってからというもの、土地の人々同様、彼に心酔するようになっていた。
「いつもながら行者様には驚かされます。きっといつか神仏のご加護によって、行者様も罪を許される時が来るでしょう。」
 役の行者はいつものように、黙ったまま微笑しただけだった。


 昼間の間は、修行者は大人しく監視の下にあった。
 けれどもひとたび夜の帳が降りてしまうと、彼の魂は生きながらその肉体を抜け出し、ある時は海上を駆け回り、またある時は鳥のように自由に空を翔け、楽々と富士山の頂上にまで至り、様々な神仏と語らった。それは日本の神々に留まらず、中国の聖者、仏教守護の神々、時には遠いインドの神々にも及んだ。土地の人々の幾たりかは、大空を翔る役の行者の姿を目撃し、
「あの行者様は神仏の生まれ変わりに相違ない」と、畏怖の思いを込めて語り合った。
 それでも彼は故郷が懐かしかった。また、親孝行な彼は老いた母を心配していた。彼が捕縛されたのも、卑劣にも政府が何の罪もない彼の母親を逮捕したからだった。彼は母親を救うため、死を覚悟して自ら捕えられたのだった。
 彼は時折海辺に出て、罪を許される事を神仏に祈願して、願わくば故郷に届けとばかり、流木に経文を彫りつけては海に流した。
 

 流刑地に在ってもなお衰えない彼の人望とその超人的な日常は、役人を通して逐一政府に伝えられた。彼を罪に陥れた人々は、前以上に彼を恐れ忌み嫌った。

「このままでは我々が非難されかねない。また、あの怪物が悪魔や悪霊の力を借りて、我々を呪い殺そうとするかも知れない。」

 そこで彼らは、ありもしない謀反の罪をでっち上げ、終に役の行者の処刑を決定した。早速使いの役人達が伊豆に派遣された。
 修行者の日常を知る現地の役人の中には、この決定を驚き不当だと考えた者も居たが政府の役人は聞く耳を持たなかった。また、土地の人々は彼の処刑の噂を聞いて集まって来たけれども、役人を恐れて誰も異論を唱える事ができなかった。
 死刑の宣告を受けても役の行者は表情一つ変えなかった。恐らくそうなるだろうと彼には最初からわかっていたから。死ぬ事は恐れていなかった。けれども、罪もなく処刑される事は残念であり、死刑を決定した人々の悪意に彼は嘆息した。

(悪辣な人間共には、他者が皆、悪辣な人間に見える。彼らの目は閉ざされ、自分の妄想以外は聞く耳を持たず、どんなに教えても真理を解することがない。)

 処刑場に連れて行かれた彼に役人が言った。
「さあ、もう覚悟を決められよ。」
 すると役の行者が言った。
「死ぬのは怖くはない。だが、最後の頼みです。処刑に使う刀を見せて下され。」
 役人達は顔を見合わせたが、現地の役人が口を出した。
「構わないでしょう。老人の言う事です。それに、刃向かうような方ではありません。」
 それを聞いて処刑人は刀を差し出した。修行者は刀を受け取ってつくづくとその刃を眺め、何度か手で刀を撫でるようにした。それから言った。
「よろしい。処刑されるがよい。」
 処刑人は聖者の後ろに回った。
「行者様!」
 親兄弟や自分自身を修行者に助けてもらった土地の人々が悲鳴を上げたけれども、役人も処刑人もそんな声には耳を貸さず、当の役の行者はと見れば、既にその場に座り、静かに瞑目して合掌しながら、一心に法華経観世音菩薩普門品を唱えていた。
 処刑の時に及んでも全く動じる色もなく、静かに経文を唱える聖者の姿を見て処刑人は気遅れしたが、
「さっさとやれ!」と怒鳴る役人の怒号を聞いて、仕方なく刀を振り上げた。
「やっ!」と叫んで振り下ろした刀は、その瞬間、鈍い音と共に真っ二つに折れ飛んで、聖者の身には傷一つ付かなかった。
「おお! 刀が折れたぞ! やはりこの方は神仏の聖者だ! こんな尊い方を殺したら天罰が当たるぞ!」
 土地の人々は口々に叫んだ。処刑人は真っ青になり、役人までもすっかり気味が悪くなった。
(この人は本当に神の聖者かも知れない)――処刑はそのまま中止になり、役人は事の次第を報告するため都に向かった。
 

 その頃、都では立て続けに天災や疫病が流行していた。時の帝は神仏に祈願し、寺社にも護国安泰の祈祷をさせたが、全く何の効果も見られなかった。

 ある晩、天皇は夢を見た。夢の中にありとあらゆる神仏が現れ、皆、厳しい表情を浮かべていた。
「...この国が様々な禍(わざわい)に見舞われているのは他でもない。罪もない神仏の聖者を迫害しているからである。
 このまま罪を重ねるならば、最後にはお前の命も尽きる事になるであろう。」
 これを聞いて天皇は真っ青になって目を覚ました。彼はさっそく側近に問い掛けた。
「朕はこんな夢を見た。八百万の神々と諸仏が厳しいお顔でおっしゃるのだ。
『この国が様々な禍(わざわい)に見舞われているのは罪もない神仏の聖者を迫害しているからである。
 このまま罪を重ねるならば、最後にはお前の命も尽きる事になるであろう。』
 お前達は思い当たる事があるか? もしあるなら直ちにその聖者を解放せよ。」
 これを聞いて側近の大臣は顔を見合わせた。ある役人が言った。この人は元々役の行者を敬愛していた人だった。
「それは伊豆に流された役の小角(えんのおづぬ)の事に相違ありません。
 先日、役の小角が謀反を企てているとしてさる者どもが処刑しようと致しましたが、処刑の折りに刀が折れ飛んで、そのまま処刑が中止になったと報告がございました。」
 天皇が尋ねた。
「それはいつの事か?」
「つい先日連絡を受けました。」
「何と、それは朕が夢を見た日ではないか!」
 天皇は宣言した。
「ただちに伊豆の役の行者の罪を許し帰郷させよ。また、役の行者を罪に落とした神を恐れぬ者共を一人残らずひっ捕らえ厳罰に処せ。」
 

 この命令は直ちに実行された。聖者はついに許されて懐かしい故郷に戻ってきた。老いた彼の母は涙を流し、彼の弟子達も師の無罪放免を喜んだ。

 無事を祝う人々に彼は言った。
「愚かな人々は自らの犯した罪が全て自分に帰ってくる事を知らない。罪もない人々を陥れ不幸にするような輩は、きっと必ず報いを受ける。
 だからお前達も悪事に親しんではならない。彼らの姿を見て学ぶがよい。また、復讐を願ってはならない。罪を犯せばその罪の報いは必ず罪を犯した当人に戻ってくる。誰一人、どんな地上の権力や富をもってしても自らの罪の報いを止める事はできない。
 ある者はこの世における罪の報いで不幸になる。またある者は前世で犯した罪の報いを受け、今生で様々な苦悩や絶望の人生を送る。
 けれどもまた、この世の人々の不幸を救わんがために、自ら苦難の茨の道を選ぶ神の使者が居られる。

 心せよ。同じ不幸に沈む人々の中にも様々な原因がある。罪の報いで不幸になる者は多いが、世のため人のために苦しみの人生を生きる神仏の聖者も居られる。
 人間には他者の不幸の原因はわからぬ。だから決して、他者の不幸をあざけってはならない。
『カルマのせいだ。自業自得だ。だから助けてやる必要はない』などと考えて、他人に冷酷であってはならない。他人の不幸に無関心であってもならない。
 慈悲とは、他者の幸福を祈り、他者の不幸を憐れむ思いである。それこそが尊い覚者の教えである。」
 この言葉を聞いて、居合わせた人々は皆深く頭を垂れて手を合わせた。

 この方が生前に救った人々は数知れず、この世を去った後には生前以上に力を得て、陰ながら人々を守り命を救い、苦しみと絶望の人生から解放して下さった。この方こそ神変大菩薩と呼ばれた役の行者、神仏の慈悲を実践し行ずる者である。

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天狗山顛末記

 私の実家近くには、織田信長の時代の古戦場跡があります。

 今でも城跡の小高い丘には、数メートルもある大きな花崗岩がごろごろ転がっています。
 ここは、明治時代終り頃までは天狗山と呼ばれ、陽が落ちると夜ごとに合戦の鬨の声が響き、村人は気味悪がって、誰一人として足を踏み入れる者は居ませんでした。
 ところが明治の終わりごろ、その辺りの土地を所有していたある地主が、大峰山の僧侶を招き、石垣に使われていた2メートル以上の大きな岩に、行者尊という銘を刻んで、役の行者を祀りました。
 不思議な事に、その日以来、夜ごとの怪異が完全になりを潜めました。
 私自身、自分の親からこの話を聞き、子供の頃には何度か親に連れられてこの小山にも登った事がありました。

 個人的には全くの無宗教であり、一切の宗教的権威を認めませんが、元々理系の人間なので、「わからない事はわからない」ものとして、否定する事はしません。科学的思考の本来の目的は真実の解明であり、否定のための否定、疑うための疑いではないからです。
 この作品は、宗教的幻想でもなければ狂信者の狂気でもなく、戦国の世に生き、人生の真理を求めた一人の不可解な人物の足跡と思考をたどった事実の記録です。
 この役小角(えんのおづぬ)という人物は日本中で祀られており、私の息子の小学校の運動会の折り、暇な時間に、何の気もなく学校の裏の丘に登ってみた所、人気のない林の中の道の終点、丘の頂上に、小さな祠が祭ってあり、興味本位でのぞいてみると、そこには「役の行者」と銘が打たれ、杖をついた老人の座像が安置してありました。何となくですが、柄にもなく、
「この方に招いて頂いたのか」と思ったものでした。

 この不思議な神秘家は、今でも子供達や世の人々を見守ってくれているのかもしれません。

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金剛蔵王権現像

 この金剛蔵王権現像の実物をご覧になりたければ、ご自身で吉野に行ってみてください。

 社会人になってまだ日が浅い頃、私が吉野を初めて訪れたのは初夏の頃でした。その頃には桜も終わり、観光客でひしめき合う春の喧騒もなく、上千本、下千本の桜の木の下を歩いていたら、その途上で「蔵王権現堂」という看板に目が止まりました。そこで偶然、出会ったのがこの蔵王権現立像です。
 運慶の仁王像は有名ですが、吉野の蔵王権現の実物を目の当たりにすると、その強烈なエネルギーに圧倒されます。
 日本の仏像には、こんな風に片足を上げた像は他にはないそうです。初めて、それも偶然出会ったこの時の私の印象は、
「これではまるで、創造と破壊の神、インドのシヴァ神じゃないか!」というものでした。
 若い頃、世界史の授業を受けた時には、何故、慈悲の神ヴィシュヌが居るのに、破壊神シヴァを信仰する人が居るのかわかりませんでした。
 けれども、人生も半ばを過ぎてつくづく覚った事は、悪辣な人々が力を得ると、それが我が子を虐待する実母や実父であれ、DVの夫であれ、軍国主義独裁の野望に燃える残酷な政治家であれ、限りなく人々の不幸を来すという紛れもない事実です。
 インドのシヴァ神が片足を上げ、残った足で悪魔を踏みにじっている姿は、神の摂理と力、カルマの法が、抗い得ない力をもって悪人の力を粉砕するという、宇宙の法則を表象したものだと伝えられています。
 天武天皇の時代に日本に生まれた在家の仏法修行者、役の行者。彼は単なる思索家ではなく、部屋に引きこもって独善に耽る思想家でも宗教屋でも拝み屋でもなく、口先だけで何もしない哲学者でもなく、現実に仏教の教え、釈迦の教えを行じた行動の人であり、多くの人々を救った人でした。
 その彼が、身は日本にありながら、遠いインドのシヴァ神かと我が目を疑うような、強烈な神仏の化身である蔵王権現を感得した。それは、この方が日本や中国、インドといった国境や文化的垣根に縛られない、普遍的真理の探究者であった事実を暗示しているような気がします。

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 悪魔を踏みにじり踊るシヴァ神

 あらゆる悪を破壊し、新たな世界を創造する、創造と破壊の神、シヴァ神。慈悲と維持の神ヴィシュヌ神と対になっているヒンドゥー教の最高神である。
 神の一側面は無限の慈悲であるが、神はカルマの法則――自分が他者にした全ての言動が、自分自身に何倍にもなって戻ってくるという宇宙の法則により、悪がいずれ自滅するようにバランスを取っている。
 こうして、他者に残酷であった者は、その何倍、何十倍もの残酷な運命によって、自らの残忍性を我が身に味わう事になる。この苛烈な神の法則は、究極的には人間を悪から解放し、その人だけではなく、その人の犠牲になった人々を救う力として作用するが、罪を悔い改めて犯した悪事以上の善行によって償わない限り、祈りによってもいかなる手段によっても決して逃れられない法則であるために、悪人にとっては破壊と恐怖以外の何物でもない。
 慈悲と並行して存在する逃れようのないカルマの法則が、慈悲のヴィシュヌ神と創造と破壊のシヴァ神によって象徴されている。
 残忍な独裁者や戦争犯罪人も、いずれは自らの犯した罪の報いを受け、地獄の苦しみに悶絶する事になる。こうして新たな世界、あるべき世界が想像されるという神のカルマの法則を、インドではシヴァ神、日本の聖者役行者は金剛蔵王権現によって表現し人々に教えた。




スッタニパータ。(覚者の教え)  蛇の章。


 スッタニパータは、パーリ語による覚者=仏陀=ガウタマ・シッダールタの説いた教えを集めた最古の仏教経典です。仏教は歴史の中で、多くの才能豊かな人々の考察され解説され研究されて、非常に多くの経典が分化しました。
 けれどもその発端となった最初の教えを学び理解しなければ、枝葉末節を理解する事は到底できません。

 この最初期の仏典の最も有名な日本語訳は、中村 元博士による岩波文庫「ブッダの言葉(スッタニパータ)」であり、仏教の本質を生で知りたい方は、中村 元博士による各教典の日本語訳を読まれる事をお勧めします。

 以下は中村 元博士による「スッタニパータ」を参考文献と致しました。

 

 以下のように私は聞いた。

 人類の師、目覚めた人、尊い覚者が言われた。

真理を求める修行者達よ。

蛇は成長するにつれて脱皮し、
その都度一回り大きくなるが、
脱ぎ捨てた古い皮には全く執着しない。

あなた方も同じようでありなさい。

この世は常住ではない。

いかなるものも現れては消え、
栄えた者は全て滅び、
生まれた者は皆、死んでゆく。

それ故に苦しみから離れたければ、
不確かなこの世に執着せず、
死後の世界にも執着してはならない。

成長した蛇が脱皮して、
惜しげもなく古い皮を捨て去るように、
日々、一つまた一つ学んでは、
自らの過ちと欠点を捨て去り、
自らの心を整えて成長しなさい。

蛇の毒が広がるのを薬で制するように、
怒りを制する忍耐を学んだ修行者は、
この世とあの世への執着を、
もろともに捨て去ってしまう。

池に生える美しいハスの花を、
水にもぐって残らず折り取るように、
すっかり愛欲を断った修行者は、
この世とあの世をともに捨て去ってしまう。

心の内で怒ることなく、
世の栄枯盛衰を超越した修行者は、
この世とあの世をともに捨て去ってしまう。

走っても疾過ぎることなく、
また遅過ぎることもなく、
「世間における一切のものは虚妄である」と知った修行者は、
この世とあの世をともに捨て去ってしまう。

貪欲、怒り、憂い、注意散漫、猜疑心を捨て、
悩みなく、疑惑を越え、
苦悩の矢を抜き去った修行者は、
この世とあの世をともに捨て去ってしまう。

(続く)

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